BLUE HUMAN

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考察「劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」「劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」「天気の子」

「劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」
テレビアニメの続き。3人は任務で行方不明者が続出する列車に乗り、炎柱の煉獄杏寿郎に対面。下弦の壱・魘夢と上弦の参・猗窩座と戦う。魘夢の見せる夢、主人公達と列車と合体して聖杯君に変化した魘夢との戦い、煉獄さんと猗窩座の戦いの3部構成で、尺的にもメインは魘夢戦だが、アクションが凄すぎて煉獄VS猗窩座に全部持っていかれる。EDも煉獄さんSPだし。煉獄VS猗窩座アクションはスピーディーでエフェクトも凄い。リピートが多い理由はfateと同じくアクションが凄いのに早すぎて理解がついていかないから何度も見たくなるのかなと。キャラの感情がスムーズでナチュラルなのが原作の良さ。当たり前だけど難しいこと。

「劇場版 メイドインアビス」-深き魂の黎明-」
テレビアニメの続き。巨大な竪穴アビスを降りる3人は深界五層のボンドルドの前線基地に。そこでプルシュカという女の子に出会うのだが。残酷で美しい話でアクションも凄い。原作つくしあきひと、監督小島正幸。芥川龍之介の「羅生門」のごとく求道者は全く悪気なく純粋で残酷。自分の崇高な目的のために自分自身も他人もつぎ込んで当たり前。しかも森川智之声なので包容力がありかっこよくも見える。帰れないとわかっていて深淵に向かう者はどこかボンドルドと同じ闇を持っていて彼の欲求を否定しがたい。しかし己の道が唯一で自分も周りも全てをそれに捧げさせるというのは、オーゼン曰くろくでなしであるね。

「映画鬼滅の刃」はPG-12こそついてるけれど、グロ描写に何も言われないのはなぜかなと娘と話す。娘曰く「ユーフォだから」との答え。ufotableの制作アニメの特徴で綺麗な絵だからグロが気にならない。表現を分析すると血も血に見えない。痛そうに描かない、身体欠損は隠して見せない。fateも割とそうで、感覚的ではないのがセーフなのかなと。「メイドインアビス」もテレビアニメの続きという企画も綺麗な絵も共通だけどこちらはPG15。グロ表現的をソフトに描くこともできただろう。しかしファンタジーな世界だからこそ感覚的に伝えることを重視したかと。辛さや痛さを描くことでキャラの純粋さ逞しさが際立つ。残酷と美しさの対比が鮮烈になる。作品のどこを重視するかかと。
情の描き方もあるかな。鬼滅の刃は親子兄弟の情は揺るがない絆で強固で安心できるものとして描かれる。アビスでは親子の情は脆く、純粋な向上心の裏には無邪気な利己主義がある。しかもそれ自体を悪とは断じえない。勧善懲悪の物差しで推し量れない。そんな負の側面は大人になるとわかるが子供にはトラウマかも。

「天気の子」
家出少年が晴れ女と知り合う話。東京の場末の背景を小奇麗に丁寧に描いているなと。世界系ゲーム的といわれる理由は見ると明らか。しかしキャラもストーリーも「君の名は」と違って人を選ぶね。私はこの映画の視聴者ではなかったなという感。女と世界の二択という話ではなく考えなしに家出してきて女を利用して稼ぎ、結局東京は主人公のせいで水没という話のよう。東京に恨みでもあるのかと。人に頼り迷惑をかける主人公や援交し突然脱いで胸を見てると指摘する女に感情移入は難しい。実は中年男と子持ち中年女の話なんじゃないかな。それだとしっくりくる。弟はペット的アイテムでラブホシーン言い訳要員。銃刀法違反で最後は少年院送りならまだ納得だがあっさり卒業式だし。そう考えるとほぼMVだったけど「君の名は」メジャー感覚はブレイン川村元気Pの力だね。都心や田舎は題材としても綺麗な背景だし男女ともメジャーなキャラ立てで話のバランスもとれてたかな。

世界系ゲームをアレンジせずそのままアニメ映画にしてるような感。ゲームをアニメにする難しさをゲーム原作ではないこの映画から感じるとは。「ペルソナ3」はプレイヤーキャラをしっかり主人公キャラとして設定していた。が、大抵のゲーム原作物は主人公のキャラ立てがうまくいってない。主人公中心の話なら主人公への感情移入は不可欠。プレイヤーイコール主人公にシフトさせなければならない難しさ。キャラを新海監督がゲーム出身だから主人公の設定が曖昧な方が感情移入してもらえると思ったようだけど。それは逆。ゲームではプレイヤーにとって主人公キャラは操作するためのものに過ぎない。設定が薄くても濃くてもどんなキャラでも主観的にそのキャラになってゲームをする。プロデューサーになりキャラを育てるゲームだと神の視点になるからキャラクターはいらない。乙女ゲーやギャルゲーなら自分そのものだからもっといらない。しかしアニメに限らず物語にするならキャラクターは客観的な存在になるのでちゃんとした設定が必要。主観的に自分だと思って見ることはない。視聴者は好感が抱ける主人公キャラならば感情移入する。キャラを値踏みして感情移入するか判断する。どんな魅了的なキャラも主人公じゃなければ脇役にすぎない。主人公が立ってこそ脇役の魅力も引き立つ。好感を抱けないキャラがストーリーの中でどうなっても構わない。逆に酷い目に遭う話にするなら感情移入できないキャラにする手もあるけれど。思いがけず感情移入できないキャラになっちゃうのは、そのキャラを客観的に見れていないということかと。

映画『銀魂 THE FINAL』
2021年1月8日公開。冬休み最後ですか。ほぼアクションシーンでカロリーは高いけど尺は使わない。とはいえ2時間程度でほんとに終わるのかしら。主題歌は銀魂後期の代表SPYAIR、挿入歌が前期の代表DOSE。いいね。
予告の銀魂なの?と訝しんだ綺麗な作画なのか、いつもの作画なのかも気になる。どっちでも構わないけれど。娘も楽しみにしてるし、封切り楽しみ。