BLUE HUMAN

腐女子・飛天の戯言ブログです。腐ったイラスト・漫画・BL小説などを書いてます。

「ブギーポップは笑わない」「どろろ」手塚漫画の癖

ブギーポップは笑わない
貯めて見ないとわからないという娘。9話の次が14話ではてどういうこと、と調べたら。10話から13話は一気に放映したそうで、あわわ。GYAOにあってほっ。原作の「夜明けのブギーポップ」で過去編の話でした。過去話だからなくても話は通じるねと娘。一気に見るとわかりやすい。未来で始まり過去に戻り未来で終わる。最終回みたいな締めでした。


どろろ
第九話無残帳の巻。どろろの過去話。父火袋の足に矢とか母おじやの手椀粥とか、原作の残酷な細かいところもちゃんと踏まえつつ、イタチの出番が増えていた。イタチがなかなか味わい深いキャラになってる。脚本村越繁さんは第七話絡新婦の巻と同じ人。絡新婦の巻は鬼神でなくただの妖怪の話かつ、絡新婦がいい女で趣のある話。どろろが女の子なのが回想の着物でもう判明。娘には初めから教えてたけど、聞いてなきゃまったくわからなかったそう。
どろろいきなり女の子は、また手塚治虫せんせの悪い癖出たなと昔漫画読んだ時の印象。手塚漫画では男二人が仲良くなったら実は片方女の子だったになるパターンは割と多いから。「鉄腕アトム」の「地球最後の日」もベムが最後になぜかいきなり女の子で女言葉になってがっかりした思い出。後々に見たアニメでは男の子のままで、実に納得すっきりでこれだよこれと思った。というか、ベムは人間じゃない設定だし性別いらなかったから、女の子にした理由は癖としか。「リボンの騎士」はアニメはオフもオンも男言葉なのに後で見た原作漫画はオフは女言葉でがっかりした思い出。女が男を演じる宝塚趣味でも、手塚宝塚というか。「ベルばら」のような凛々しいお姉さまが少女の好む宝塚感覚だと思う。仲良くなった男の子が実は女の子というパターンにロマンを感じているんだなと。
少女漫画だと思春期に男の子に対等に接して欲しい欲求からこのパターンは好まれる。少年漫画だと女っぽい男に擬似恋愛感情を持ってたら実は女の子という話になるね。手塚漫画はどっちでもない。逆に実際ならロマンどころかむしろいやじゃね?という層もいるかと。
でも、女の子だったからという理由で、友達から恋愛対象になるというのは、本能的で味気ないなあと思ったり。BL脳なので男のままで友達から恋愛に以降すればいいと思うのだ。