BLUE HUMAN

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どろろ!

どろろ
手塚漫画で個人的にベストテンに入る名作。制作MAPPAのアクション、キャラ原案浅田弘幸の女の子のようなかわいい百鬼丸で娘の掴みはOK。今の子に受け入れられるデザイン変更は成功。鬼神が12匹なので、1クールね。もっとも、原作も鬼神退治は途中で最終回ですが。娘は百鬼丸が無表情なのが良いと。声が戻るまで声がないとか、目の見えない人間が見える妖気の表現とか工夫も面白い。OP「火炎」女王蜂、ED「さよならごっこ」amazarashi。どっちの選曲もナイス。娘も喜んでる。
PSYCHO-PASSの映画3本に続き舞台もするのね。しかも脚本深見真さんの舞台用書き下ろしで本広克行監督。なら本編と言ってもいい。主演は鈴木拡樹さん。今「どろろ」の百鬼丸の声担当だけど、3話現在まだ百鬼丸の声が戻ってない。面白い試み。どんな声かなと楽しみなところ。どろろといえば、昔のアニメ版はオリジナルで最後は父親も人ではなくなり、父と対決という、綺麗なラストになってた。ラスボスが父で父殺しラストは物語のセオリー。手塚原作は打ち切りだけど、父追放ラスト。父からは権威を剥ぎ取るのみ。父殺しを権威との戦いとみるかエディプスとみるか。
どろろは娘が楽しみにしてるのでとても嬉しい。手塚治虫の原作の強みは発想なので、絵も話も現在アレンジをしてくれるほうがいい。今の子供にウケるほうがいい。耳が痛いけど、絵はどんなに上手くても古くなる。時代に沿った絵がある。でも古くても受け入れられるアレンジがある。
昔のどろろのアニメスタッフは手塚治虫以上に思い入れがあったようで。初め暗くてウケなくて、子供向けにしろと言われて抵抗し、作者本人からも言われて折れたと。ウケることが大事なのは長年のプロの正義ではあるけど、どろろの暗さをこそ愛したスタッフの気持ちも正義。どろろ水木しげるゲゲゲの鬼太郎のいわば手塚治虫による2次創作。だから子供向けにすることに作者自身は抵抗なかったかと。鬼太郎アニメは子供向けアレンジで成功。でも水木しげるはのちの原作まんまの暗いノイタミナアニメ墓場の鬼太郎を喜んでいたそうで。私も好きな作品。
化け物倒すと身体が戻る発想こそがアニメスタッフに愛された肝かなと。何者でもない若者が戦うことで奪われていた身体を取り戻し成長する。今回のアニメ化はさらに先鋭化して百鬼丸は情緒のなく気配感覚しかない戦闘マシンの人造人間赤ちゃん。娘はそこが1番良いみたい。どろろのように、失われた手足を取り戻す設定は若者の象徴ともいえる。それが父親の罪の業なとこも。今回のアニメはそんな赤ちゃんを育てる話でもありそう。
手塚原作に人造人間は頻発。でも手塚治虫の場合、そういう人ならざる人や異形自体が好きで何かの象徴ではないと思う。百鬼丸の設定は昆虫の変態かと。どろろ百鬼丸の設定はいわば、手塚治虫の好きな趣味で、理屈じゃなく感覚的なものかと。少年少女を無垢の象徴として扱うか、そのものが好きか、同性愛を社会への抵抗として扱うか、そのものが好きか。流行りに乗っただけか。作者の姿勢は色々でも受け取られ方も色々。どろろ。ちなみに、百鬼丸の足が戻ってきて指がニョキニョキ生えてくるとこ良かった。変形変態の過程の描写は手塚治虫の感覚リスペクト。
感覚を伝えるのはアニメなど映像の力は強い。今回の妖刀の話。原作ではどろろ百鬼丸の刀を欲しがってて、それを理由にして付き纏ってるわけで。妖刀と知りながら念願の刀を手に入れて、操られ刀に振り回される、ちょっと愚かで悲しい話。設定が違うから違う感じになったね。元々原作でも刀は割と戦場に落ちてるし欲しければ手に入りそうなんで、説得力がいまいちな分、設定変更はわからなくもない。今まではほぼ問題ないし。でも妖刀の話では必要だったかもね。刀を力の証として欲しがるどろろ像だからこそ成り立つテーマもあるね。
原作では回想にいたみおが登場。春売る表現がしっかりあるところ、時代劇のようでさすが小林靖子脚本。赤い花白い花の歌は1970年にレコードリリース。どろろが1967年から1969年の作品なので、大体同時期の流行歌ね。歌でみおの声が水樹奈々だと娘が当てた。娘の声優オタ耳は日々発達中。