BLUE HUMAN

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元禄落語心中と新世界より

「元禄落語心中」
旦那は落語シーンを声優さん大変だなと。架空の落語業界状況はある意味ファンタジー架空戦記物みたいな。ただ話の進み方が牛歩で、居候の兄弟子が主人公に飲み代をせびるシーンがやけに多いのがヒモ臭くて感情移入しづらいところ。

新世界より
アニメ放映当時旦那が興味をちと持ったけど、少女漫画っぽい目がデカすぎキャラデザと演出でいまいち勧められず。ロリコン趣味的な部分もネックかなとちと引っかかり。予定では同性愛も出るしと。後半の大人キャラデザは目も小さくアニメぽくなりアクションも増えたし問題ないんだけど。実は旦那も大丈夫だったかな。再放送してくれないかなあ。
アニメは少年期・青年期・大人期と3期に分かれてて青年期・大人期は素晴らしくて文句なしなんだけど、少年期は絵や演出が不安定で不安を感じながら見てたし評価が難しかったな。
特に青年期のボノボなる同性愛の表現は良かった。原作ではさらっと状況説明くらいだけど。覚と瞬の男子同士はエロチックで具体的行為があっていかにも体の関係だと表現してて大変よろしいし、早季と真理亜の女子同士も綺麗。大人期のモンスターもサスペンスも超能力戦も殲滅戦もいいし。瞳が二つあるのにとても男前な鏑木肆星が凄いし。真理亜の子供は男の子と思ってたけど女の子だったのもまあありかと。
少年期は覚と早季が捕縛時のHが問題でどうももにょる。原作のボノボの同性愛設定は出産管理の目的で大事な設定。男女の接触には厳格な社会。作者は同性愛趣味はないから必要だからある設定。なのにその設定を曲げてまで無理やり男女Hぶっこむかと。でも覚と早季は原作で大人になったらちゃんとHするから男女H描きたければその時でいいのに逆に大人期にはHない。これはスタッフが少年少女のHを描きたかっただけなんだなと。しかもノリノリなの見ててわかったし。幾原アニメみたいな恍惚の表情とか。DVDの表紙にもするくらいだしなと。スタッフは本来同性愛は趣味じゃなく異性愛が好きなんだなと、しかもアニメには多いけどロリコン趣味だなとちとドン引きするというか。淫乱ぽい少女の出るそういうアニメは多いから他でやってくれと。それに少年期から早季と瞬は思いあってるからあり得ない。瞬を間に挟んでの早季と瞬と覚の三角関係がいいわけで、本来恋敵だけど同じ大事な人を失った者同士でくっついたわけで。なのに既に覚と早季がHしてたらここでカップル成立の表現で同性愛が寄り道になり三角にならない。原作設定曲げてまでアニメーターの趣味を入れるなと反感を覚えたんだよなと。幾原監督みたくオリジナルならなんでも構わないけど原作付きはささいでも理に叶ってないと。一方真理亜の存在感が増してたのも趣味っぽいけど邪魔にならないのでいい。
設定クラッシュは少年期だけで、青年期・大人期はない。だから当時少年期の設定無視が目立ったというか。全話通すと引っかかりなんてささいなことだし。以後に全くなかったことになったようなもんだし。ほぼ原作沿いで異形のイマジネーションもいいし人間や異形とのドラマもいいし名作だったなと。